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芝浦まつり 〜芝浦まつり小史〜

 

芝浦まつりの発祥

 芝浦まつりは、御田八幡神社の祭礼に端を発し、街ぐるみのお祭りに発展したものです。当初、同神社の祭礼で芝浦三・四丁目町会主催による盆踊り大会が行われていました。しかし、盆踊りだけでは寂しい、芝浦地域の子供や町内の人たち皆んなが楽しめる『ふるさと祭り』として賑やかにしたいという声があがり、商店会に相談が持ちこまれました。 そこで、五代目の芝浦商店会会長に就任した下山正氏が役員と相談の上、地元の皆様への日頃の謝恩もかねて協力しましょうと『芝浦まつり』の構想を具体化し スタートしたものです。そして、回数を重ねるごとに毎年新しい企画を加え、試行錯誤を得て今日の賑やかなお祭りへと育ってきました。現在では、商店会の 『豊かな心のふれあう街』、町会の『心のふるさとやすらぎの街』を基本テーマにして、町会、商店会が一体となって協力し、港区内でも注目される夏祭りとし て、年ごとに人出も増え盛大なお祭りへと発展してきました。

昭和58年4月19日(1983年) 「芝浦まつり」実行委員会発足

おらが街、ふる里の夏祭りをなんとかして盛りあげ賑やかにしようと三・四町会、商店会の代表役員が集まり、合同会議を開く。(町会より)木村勝三町会長、高橋定次副町会長、坂野喜雄副会 長、奥村政昭祭典委員長、原 福二常任相談役(商店会より)下山 正会長、 坂根浩一副会長、牧野周司副会長、奥山直道副会長、大野家俊副会長、増山宗一 事業部長が出席。「芝浦まつり」の意義と目的を相方の立場から検討。町会は、今年の御田八幡神社の祭礼は町内神輿の巡行(一年毎)がないので、夜の盆踊り だけでは寂しい。地域の老若男女や、子供さん達が楽しめるお祭りにしたい。商店会は、地元のお客様に喜んで戴けるような気持を表す謝恩サービスはないもの かと考えていた訳けですから盆踊り会場をお祭り広場として皆さんが楽しめるお祭りにしましょうと意見が一致し、内容、運営等については商店会が創設する 「芝浦まつり実行委員会」に一任することで合意。初代の実行委員長に商店会長の下山正氏が就任した。

昭和58年4月29日 第1回「芝浦まつり実行委員会」招集

初めての試みなので、まず会場の設営、日数、時間など基本的なことから検討し、イベントの内容などが討議され、子供に人気のある「ミニSL」の運行や金魚すくい。やきそば、オデン、生ビールなどの模擬店。大人も若者も参加できる「カラオケ大会」。幼稚園、小学校 PTA寄贈のチャリティバザールなど楽しい企画が提案された。

昭和58年7月20日 芝浦商店会ニュース」

記事掲才を通じて、下山会長が会員の全員参加で「芝浦まつり」を成功させようと呼びかける。 (全文 別記)掲才。

「芝浦まつり小史」の編集にあたって

「芝浦まつり小史」は、商店会創立 30周年記念誌発刊にあたって是非編集に組みこみたいと企画しました。乏しい商店会の内部資料を探しての作業となり、満足のゆく内容にはなりませんでした が今後の参考に少しでも役立てばと考え記録としてまとめました。「芝浦まつり」は、芝浦商店会と三・四丁目町会が一体となって下山会長のときからスタート (1983年)し
坂根浩一会長、大野家俊会長へと三代に亘って、町会や地域の皆さんに貢献している商店会の主柱をなす事業です。
商店会としては、日頃のご愛顧にこたえる謝恩の場としてこれからも全力をあげて取り組み、地域の皆さんに愛される商店会、親しまれる商店会として貢献して参りたいと存じます。
今後は、芝浦地域の中心地である「なぎさ通り」の会場がお祭り広場としていつまで使用できるかと云うむずかしい課題が起るかと思いますが、わが街芝浦のお祭りとして、一度灯した「芝浦まつり」の灯は永遠に消さないように灯もし続けて行きたいものです。